はてなダイアラー映画百選

1990年アメリカ映画
監督:エイドリアン・ライン
脚本:ブルース・ジョエル・ルービン
出演:ティム・ロビンス
 
実は過去の日記で、既に触れていますが、自分にとって一番の映画は、断然エイドリアン・ライン監督作品「ジェイコブス・ラダー」。映画館、ビデオ、DVDで三十回近くは観ているなぁ。学生の頃は色んな友人に観るようにやたら薦めてました。これが公開されていた当時(浪人生)は映画に全く興味の無い弟を劇場に無理矢理連れていったり、大学生の時は同じアパートの同級生にビデオを押し付け、専門学生の時には韓国からの留学生にまで観るように強要してました(笑)。映画好きな人にとってエイドリアン・ラインと言えば、「フラッシュダンス」「ナインハーフ」などが有名。その映像美が高く評価されている監督ですね。
 
物語は、主人公のジェイコブがヴェトナム戦争に従軍し、所属した部隊が急襲されるところから始まります。その直前までマリファナを吸ってラリっていたり、下品なジョークを飛ばし合ったりと、退廃的な雰囲気から一転、宿営地は凄惨な地獄絵図へと変貌を遂げます。この辺りは、よくあるヴェトナム戦争ものと大差無いありがちな表現ですが、ジェイコブが敵に腹を銃剣で貫かれるシーンから、突如舞台はニューヨークの地下鉄に切り替わり、その過去の悪夢から目を覚まします。現在では治安も良くなり、綺麗になっているらしいですが、ヴェトナム戦争直後の時代という事でこれまた荒んだ雰囲気に包まれています。まるで魔界に紛れ込んだかのよう。ヴェトナムとNYの地下鉄、二つの舞台はこの時代のアメリカの持っていたネガティブな部分をクローズアップするものでしょう。全編を通して、褪せた色彩で飾られた画面はまさにエイドリアン・ライン。「ジェイコブス・ラダー」もその賞賛に値する作品ではないでしょうか。
 
そこで、話が進むにつれ、ジェイコブは絶えず悪夢に犯され、彼を取り巻く場面は加速度的に次々と変化していきます。車で轢き殺そうする化物、悪魔に変貌する恋人、血まみれの病院に転がるバラバラ死体・・・そして時折、ヴェトナムの戦場で瀕死のジェイコブが見た風景がフラッシュバックのように挿入され、何時の間にか、またNYの風景に引き戻されていく。と、思えば再びヴェトナムの悪夢が襲い掛かってくる。搬送用のヘリコプターに吊り上げられながら、下からヘリの腹を見上げるシーン。グン、グン、グン、グン、グンとスローモーションのごとく、唸りを上げ回転するプロペラ。何が現実で何が幻想なのか、観客も混乱状態に陥りそうになるスリルがたまらない。
 
そのスリルをさらに盛り上げ、恐ろしさを増幅させるのが、グルグルと猛烈な勢いで回転する悪魔の頭。私はマリファナとかLSDをやった事は無いのですが(そりゃそうだ)、いかにもそんなクスリでバッドトリップにハマっている時に見てしまいそうなビジュアルです。気の弱い人間なら「ひうッ!」とまるでエロマンガで乳首をつねられる小娘のような声をあげてしまうであろう事は必至。そのせいか、日本のホラーゲームには盛大にパクられているようです。「サイレントヒル」とか「かまいたちの夜2」とか。サイレントヒルの方は未プレイですが、かなり怖いと聞いていたので一度触ってみたかったけどね、その話を聞いて萎えちゃった記憶があります。それはそうと、この方(http://d.hatena.ne.jp/mynah/20040516#1084723203)の日記の記述が怖いんですが。「毎日がジェイコブス・ラダーです。」って(笑)。まあ、そんなぷちトリップ感が楽しめるハズです。
 
一応、劇中ではジェイコブの部隊の生き残りが見る悪夢は、兵士の士気を高めようと、陸軍が彼らに幻覚剤を投与したのが原因、と説明されています。実は敵襲など存在せず、異常な攻撃衝動に駆られた味方同士で殺し合ったという事実も判明。彼らの口を封じようと圧力が加えられ、仲間も口封じの為に殺され、主人公も襲われます。ですが、事件の解明は、この映画のテーマにおいてはさしたる重要な事ではありません。
 
死に直面した一人の兵士が、一人の男が人生をどう振り返るか、自分の生きた意味をいかに求めたか・・・ジェイコブの救済はそのまま観客の救済となり、自分がまるで天へと解放されたような錯覚すら感じてしまいます。数々の悪夢を乗り越えようやく辿り着いた、別れた家族が住むアパート。溢れる朝の日差しの中に佇むのは、ヴェトナム従軍以前に死んだはずの息子、ゲイブ。この息子に手を引かれ、階段を登るラストシーンは何度となく観ているはずなのに毎回涙を流してしまう。このゲイブを演じているのは、幼き日のマコーレ・カルキン君。「ホームアローン」で大スターになる前に、こんな純真な役どころでデビューしてたんですね。まさに天使の笑顔。でも今じゃ親とは離散、結婚してパパになっているようですが。まあそんな話は置いておこう。
 
この映画の登場人物は全て、旧約聖書に出てくる人の名前だそうで。「ジェイコブス・ラダー」というタイトル、ジェイコブはヘブライ語ヤコブ、つまり「ヤコブの階段(梯子)」という意味です。今日の画像のように、雲の切れ間から差し込む光をそう呼ぶ事もあるそうで。地上と天国を結ぶ階段、天使の通り道。もうとっくにネタバレしちゃってる気もしますが、実はジェイコブはヴェトナムの同士討ちで死んでしまっていたのです。NYで起こっていた出来事は全て彼の走馬灯だった。このオチについて、書くかどうかは非常に悩みました。しかし、そのドンデン返しをばらす事はこの映画の魅力を減じさせる要因にはならない、という判断をしました。これに衝撃を受けているだけでは何一つ、「ジェイコブス・ラダー」について理解しているとは言えないのであります。
 
死の苦悩から逃れ、安らかな笑みを浮かべ横たわるジェイコブ。穏やかな死に顔がこの映画の全てを物語っております。親友のルイが劇中で彼に語りかける言葉が彼をその境地に導いたのです。

「死を恐れながら生き長らえていると、悪魔に命を奪われる。でも冷静に死を受け止めれば、悪魔は天使になり、人間を地上から開放する」

 
この映画が面白いのは、天使や悪魔、聖書をモチーフにしているように見えて、それが描く死生観は非キリスト教的である事です。ブルース・ジョエル・ルービンという人物がこの映画の脚本を手掛けましたが、 彼の出世作と言えば何と言っても「ゴースト/ニューヨークの幻」でしょう。これも、一神教的な死生観の枠を越えた不思議な作品ですね。地球に落ちてくる彗星を破壊する映画、と言えばおバカ映画「アルマゲドン」を思い出す人の方が多いでしょうが、それに比べ同じような内容でも地味〜な「ディープ・インパクト」の脚本も担当。劇中で従容として死を受け止める父娘の姿は、ハリウッド映画ではかなり異色のものでした。
 
唯一、この映画で惜しい部分があるとしたら、ラストシーンとスタッフロールの間に挿入される、「ヴェトナムで幻覚剤BZの投入を疑われたが国防省はこれを否定した」というテロップ。そりゃ不用です。別に陸軍の不正を糾弾するのが目的じゃないでしょうに。ああ勿体無い。
 
というわけで、私のレビューを終了させて頂きます。次のバトンは偶然にも「振ってくれリスト」に入っておられたid:umikaze氏にお願いしたいと思います。どうか宜しく。