bakuhatugoroさんの「華氏911」論

http://d.hatena.ne.jp/bakuhatugoro/20040912

ただ、目的はどうであれ、彼のやっていること自体もまた、冒涜的なことであることを、どう彼が自分の中で処理しているのか、といったことが気になる。

だから俺達は、捻りもなく笑えない、単にストレートなあてこすりを見せられて、彼の揶揄するところに対して同意を迫られているような窮屈さを感じる。乗れない者は、そうしたひどい現状を容認している当事者だと言われているような、ちょっと身の置き所のない気持ちになる。

人間のエゴや弱さを拒否したいために、性急で窮屈なことになっている感じにも共感があるし、まったくそれが無い人間よりも、個人的にはずっと好きだ。にも関わらず、やはり窮屈さゆえにギャグは面白くならないし、すべてを「有り」とするある種の「酷薄さ」から出た表現の方が、どうにも魅力がある、という現実にも逆らえない(逆らいたくない)。それが、不満や恨みに凝り固まりがちな弱い自分のような人間にとって、ある種の風通しのよさを生んでいることも、また確かなのだ。

華氏911」を観て、なぜ居心地の悪さを感じ、なぜこの映画に魅力が無いと思ったか、その理由がこの論評で分かった気がする。