尖閣ビデオ流出問題に対する私見 その1

尖閣沖における中国漁船が、海保巡視船に衝突した動画がYoutubeに流出したこの事件。その後、神戸海上保安部の職員がこの動画を漫画喫茶のPCから流出させた事を自白、警察に出頭した顛末について、ニュースやネットは湧き上がっている。

●前提として

一連の動画は、事件直後ただちに公開されるべきものであって、菅政権が日本国民の反中国感情を抑え込む為に、これらを機密扱いにしようと秘匿した事自体許されるものではない。
 
ただし、動画を流出させた海保職員は服務規程違反を問われて懲戒解雇になる事は仕方の無い事であり、責任を取る必要がある。なので、この行動に共感するにはするが、“愛国無罪”を主張するつもりはない。
 

●海保職員に対する批判

当初、ネット主にツイッターの政治系TLを眺めてみると「法律で決められた手続きを公務員が無視し、政府の方針に逆らって暴走する事、またはそれを賞賛する事は、民主主義と法治主義の自殺行為だ」といった主旨の発言や、また「国家公務員法第百条(職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。)に違反している」という意見が散見された。
 
しかしながら、公務員が法律に反して行動を起こしてならないのは、民主主義国家であろうとそうで無かろうと同じであり、問題になるのはあくまで政府の情報管理能力の欠如である。
 
また、このテの人達の法治主義の定義もかなり怪しい。Wikipediaなどでは法治主義の解説として「国家におけるすべての決定や判断は、国家が定めた法律に基づいて行うとされる」とあるが、まるでこの海保職員が“平和を乱し、戦乱を招こうとする敵”であるがごとく冷ややかな目で見て、彼の行動やそれを讃える人々を戦前の中国進出や五・一五事件に喩えてバッシングする。情報管理の問題とテロリズムを一緒にするな、と言いたい。
 
国家公務員法第百条の違反者は「一年以下の懲役または五十万円以下の罰金」に処せられるのだが、まるでこれ以上の厳しい刑罰を科せ、と言わんばかりだ。むしろそれこそが“人治主義”では無かろうか。
 
しかも、その中から更に、普段「国家の威信」という言葉に反発する連中に限って、「この海保職員の身勝手な行動が日本の威信を失わしめた!」と言い出す。
 
もう何のギャグだよ!と思うけどね。

国家公務員法第百条について

そもそも、この尖閣動画を流出させた事が、百条における「秘密」に当たるのか当初から疑問はあった。
 
最決昭和52年12月19日刑集31巻 7号1053頁

国家公務員法 100条 1項にいう「秘密」とは、非公知の事項であつて、実質的にもそれを秘密として保護するに価すると認められるものをいい、国家機関が単にある事項につき形式的に秘扱の指定をしただけでは足りない。

外務省機密文書漏洩事件 最決昭和53年 5月31日刑集32巻 3号 457頁

国家公務員法109条12号、100条 1項にいう秘密とは、非公知の事実であって、実質的にもそれを秘密として保護するに値するものをいい、その判定は、司法判断に服する。

後者はあの有名な西山事件最高裁判例だが、「秘密」の定義は曖昧であり、事件の内容によってそれぞれ解釈が異なる模様だ。例の尖閣動画は、国民にとって既知の情報であり、国会議員にも公開済みなので、秘密には当たらないだろうと思う。なので、最終的には海保職員が起訴される確率は低く、処分保留または不起訴で終わるのではないかと予想する。
 
「検察が中国人船長を処分保留と判断し、釈放した手続きに問題は無い」と言っていた人は、この海保職員についても同じ事を言うべきだろうね。
 
官房長官、秘密保全の法整備検討「罰則軽い」

仙谷官房長官は8日午前の衆院予算委員会で、中国漁船衝突事件をめぐる映像流出問題を受け、秘密保全に関する法制を早急に整備する考えを明らかにした。
 
仙谷長官は「わが国の秘密保全に関する法令、例えば国家公務員法守秘義務規定に関する罰則が相当程度軽い。現在の罰則では、抑止力が必ずしも十分ではない。秘密保全に関する法制のあり方について早急に検討を進めたい」と述べ、罰則強化を目指す方針であると述べた。
 
さらに、「機密情報へのアクセスの記録化、文書データの持ち出しなどの制限、データ保存時の暗号化など、必要な措置を講じ、情報保全を図りたい」とも語った。

前述した通り、法の規定を超えた感情で被告を裁く事こそ“人治主義”であり、己の都合の悪い事があれば、この様に法改正を図り圧力を掛けるやり方はスターリン的な全体主義を感じさせる。

●この問題の本質……てか、本質って何だろね?

だが、一部の左巻きは「海保職員の罪を矮小化するな、“事実”よりも問題の“本質”を見ろ!」と迫る。
 
本質(笑)。
 
どちらかと言えば、そりゃ右寄りの常套句だな! それなら日本国憲法第9条の存在から始めちゃうよ、本質論を(苦笑)。
 
要は「この海保職員の罪は単なる服務規程違反では無い。追及をこれで終わらせては、日本が戦前の様な危険な軍国国家になってしまう!」と叫びたいだけの、典型的なタイプなんだろうけれども。実は、自分はバランスが取れていると考えている自称保守もこの辺の感覚は大して変わりないから困りものなんだよね。
 
これら左巻きと自称保守が馴れ合っているのは、共に脳内にいる(たまに実際にいる)「愛国無罪と叫ぶ人」を叩いて悦に入る趣味が同じだからで、自分は無知蒙昧なネトウヨとは違う、というプライドの持ち主同士で気が合うからなのだろう。