世論喚起の為の戦略的言論とは?

「戦略的言論」。“寄らば大樹の影”という言葉も、物は言いようでそう言い換える事が出来るらしいです。まずは電脳補完録に投稿された記事。
拉致事件 : 今一度、冷静に考えてみるべきでは
これを受けて、この方のエントリー。
善ポコのタコ部屋「拉致問題に関する戦略的言論の必要性について以前に思った事」
「お気に召すまま」のcozy氏経由で知ったのだけど

意見さえ正しければあとはどうでも良い、俺の主張が理解できない奴は愚民だ、と言うような人は、いくら読んでも理解できないんだろうね。

という事は、彼らの主張が理解出来ない俺も、愚民扱いされる心配は無いのかな?(苦笑)しかし何だね、「先鋭化」とか「戦略的言論」とか「自分以外を愚民扱い」「代替案無しに倒閣を叫ぶのは無責任」などとどこか(ヒント:2ch選挙板「小泉は運が強すぎる」スレ)で聞いた言葉をちょうど一年遅れでオウム返しにしています。それはもう、面白いぐらいに。つまり彼らの主張の要旨をまとめると、つまりは「小泉を批判するな。小泉支持者も批判するな。小泉をやる事を黙って見ていろ」という事ですね。その中で、小泉批判に対する反論として次のように述べておられます。

  • 拉致被害者のことを第一に考えるならば、無作為の現政府を責めるのは当然のこと
  • 火事が発生しても消防車を出動させない消防署や、強盗事件が発生いるのに警察官を出動させない警察署や、第三国の航空機が領空を侵犯しているに戦闘機を発進させない自衛隊の責任者を更迭する事にそもそも議論の余地などない
  • 今、拉致問題は頓挫しているが、それはなんら具体的なアクションを起さない国家の不作為にそもそもの原因があるのであって、その責任は100%日本政府にあるのは言うまでもない

これって、ある意味当たり前の事なんですよね。皆、それは暗黙の前提として拉致問題を論じている訳で。如何にして、国民を拉致問題に取り込んでいくか、その方法論の問題なんです。
 
確かに、上記で述べている反論内容はある意味「正論」であると俺も思います。が、「正論」だけを述べたところで、物事が上手くいくとは限りません。
 
「人殺しは良くない」と「正論」を述べるだけでは、殺人は無くならない。「タバコのポイ捨ては良くない」と「正論」を述べるだけでは、ポイ捨ては無くならない。「電車の中での通話は良くない」と「正論」を述べるだけでは、通話は無くならない。
 
ではどうするかというと、殺人を罰する法律を制定したり、歩きタバコ禁止の条例を制定したり、携帯電話によるペースメーカーへの影響を説明して乗客の自制を促したり、公共広告機構に CM を流してもらったりして、あの手この手で世間の意識を変えていく努力をする訳です。「あの手この手」を論じていかなければいけないのではないか、と言う事なのです。
 
残念ながら、現在の小泉支持層の大半については、そういった「正論」がいまいち通用していない、あるいは、そういった「正論」と構造改革路線等の政策とを天秤に掛けた結果、後者を選択している、そういう事なんだと思います。それは、そういった支持層を基盤に持った小泉政権の今までの動きを見ていればおおよそ見当が付きます。「正論」だけを述べて通用するのであれば、今頃、もっともっと沢山の拉致被害者を奪還出来ている事でしょう。だが、現実にはそうではない。

この主張は大きく間違っていると思います。「国民の生命と財産を守る」事。これは法律以前の、国家指導者としての義務です。そして拉致被害者を取り戻す釤手段”としての法律「特定船舶入港禁止法案」「改正外為法」も制定され、その発動権は小泉政権に委ねられている。しかも救う会のアンケートでは「北朝鮮に対する経済制裁」に賛成する声も大きい。つまり“歩きタバコ”の例を引用するなら「歩きタバコ禁止条例を制定したにも関わらず、それを施行・実行しようとしない」状態が続いていると言えます。よって、その論理から言えば「小泉批判者は正論だけを主張して、世間の意識を変えていく努力をしなかった」という言い分は破綻しています。むしろそれは、家族会・救う会やマスコミ各社、拉致議連がこれまで活動してきた経緯・成果を否定するものではないでしょうか。公務員法を遵守しない警察官に対してクビを求めるのは当然ある、という意見に賛成されているのですから、首相に対してそれを求めても少しもおかしくないわけです。
 
そもそも滑稽なのが『「正論」と構造改革路線等の政策とを天秤に掛けた結果、後者を選択している』と言いながら、『「正論」を世間に浸透させる為に』こういう提案をされている事です。

例えば、現代の日本人においていまいちピンと来ない「主権」という概念ではなく、「人権」というキーワードで世間に訴え掛けるとか、支援者はスキンヘッドで右翼団体っぽい威圧感を与えない様、さわやかな身だしなみで世間がとっつきやすい雰囲気を心掛けるとか、安易に「インチキ霊媒師」等と相手を刺激して対立の構図を作らない様配慮するとか、そういった「訴え掛ける為の方法論」を駆使して攻めていくべきではないか、そういう事なのです。

⊂(_ _⊂⌒⊃ ズコーッ 
工工エエエ(´д`)エエエ工工〜その対案って、ファッションチェックかよ!と思い切りツッコミを入れたくなりました。ピーコをアドバイザーに招いてみる?(笑)ってか、アキバのオタク指導やってんじゃないんだから。そんな爽やか君で、正論が通って天秤が動くなら誰も苦労せんわっ!・・・・・・だいたいコレ、スキンヘッドの人に失礼だろ。単に髪が自然に抜けてツルっぱげの人かもしれんし。それ以前に、まるで拉致問題に関心を持ち尚且つ、小泉批判をする人間が全てネオナチファッションをしてるかのような印象操作をするんじゃないよ。そう言えば以前、ある支援者がソッチ系のカッコをして家族会のボディーガードをやったってんでネット上で論争が起きていた覚えがあるな。誰と誰のかは覚えてないけど。たぶんその話を念頭に置いているんだろうけど、でもそれも単なる個人同士の衝突で、全体の問題に置き換える手法はまるで感心出来ない。だいたいこの人は、実際に国民大集会に参加した事が一度でもあるの?人の又聞きで全てを見て来た気になってるんじゃないか?まぁヤ風味な人もいなくはないけど、このところだいぶ減ってきたね。それはそうと、救う会などに入って実際に活動してるならともかく、ネットの情報のみでああだこうだと騒いで拉致問題解決の障害だとばかりに救う会反小泉支援者を批判したり、単なるネット世論を異様に恐れてみたり。何だか必要以上に振り回されている気がしますね。一見してヤバいヤツも見掛けなくもないけど、国民大集会に行く人達も「横田めぐみ写真展」にやって来る人達もごく普通の方々ですよ。家族連れもいればカップルもいる。なのにやたらスキンヘッドやヤ風味の人をクローズアップして「拉致救出運動が危ない方向に進んでいる」という主張が、とても世論の喚起に繋がるとは思えません。
  
小泉批判を止めたら、受け取ってくれるチラシの量が増えるってわけでもないのに、ねぇ。
 
つーか、あんたら一体何がやりたいの?小泉ファンに迎合するのが戦略なの?で、それで小泉が拉致抜きの国交正常化をやっちゃったら、支援者の一人として責任を感じるの?批判もしないで、じっと見つめていれば小泉は思う通りに動いてくれる保障はあるの?これまで拉致問題について勉強してきたのなら、これまで小泉政権がやってきた外交交渉についても記憶があるはずだよね?それでもなお、信じられるの?

「言論は戦略的に」「経済制裁は戦略的に」

戦略的に、って言葉は便利だね!ロクな対案もなく中味が無くとも誤魔化せる上に、批判まで封じ込められるんだから。魔法の言葉だ。サラ金のお決まりの標語「ご利用は計画的に」と、空虚さでは似ているかもしれない。
 
ただの迎合が世論になるわけないじゃん。