小泉に骨抜きにされた北朝鮮人権法案

北朝鮮人権法案:自民チームが要綱了承 経済制裁発動盛る
(http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/news/20060311k0000m010028000c.html)

自民党の対北朝鮮経済制裁シミュレーションチーム(座長・山本一太参院議員)は10日、党本部で会合を開き、政府に拉致問題の解決に向けた取り組みを促す「北朝鮮人権侵害問題対処法案」の要綱を了承した。今月中に法案をまとめ、自民、公明両党による議員立法で今国会成立を目指す。
 
法案は、拉致問題が進展しない場合、政府は「特定船舶入港禁止特措法」「改正外為法」に基づく北朝鮮への経済制裁発動について、「国際的動向等を総合的に勘案」して「必要な措置を講ずる」と規定。当初は制裁発動を義務付ける方向で検討してきたが、内閣の外交権の制約は憲法違反の恐れがあるため、政府に裁量の余地を認めた。
 
法案要綱は全6条からなり、「拉致問題の解決は国の責務」と明記し、(1)毎年12月10〜16日を「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」と設定(2)政府の取り組みをまとめた年次報告の国会提出(3)拉致被害者脱北者に対する適切な施策を講ずるための国際的な連携強化−−なども盛り込んだ。

ああ、やはり「経済制裁発動の義務付け」は無くなってしまったか・・・。この法案についてのエントリーはこちら。↓
◆日本政府は日朝平壌宣言の破棄を明確にせよ2
(id:kikori2660:20060304#p3)

経済制裁の発動は小泉総理の決断でいつでも行えるし、逆に言うと決断がなければいくらシミュレーションチームが計画を練ろうとも、今のままの体制による条約制定ではまるで意味がないのだ。
 
だからこそ、拉致議連に所属する国会議員は首相の決断に寄らずとも、自動的発動する経済制裁法案の制定を目指していた。しかし、その多くは去年9月の衆院総選挙によって議席を失い、力を殺がれる事となった・・・。「経済制裁という重大な決断は、国家のリーダーたる首相に任せるべきである」という節度を持った議員達の想いをも、無残に裏切っていたのだ。

実はこの日記の翌日に、西村眞悟起案の「再入国禁止法案」の文面を作成した人物に会う機会があった。そこでこの自民党の人権法案について聞いていた。これは他所の拉致問題掲示板に投稿した書き込み。↓

経済制裁シミュレーションチーム 投稿者:きこり 投稿日: 3月 5日(日)23時34分25秒
今日、「入国禁止法案」の文面を考えた方と会って色々お話してきました。
 
◆自民、北朝鮮人権法案の骨子了承
(http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20060216AT1E1600216022006.html)
(1)拉致問題などが進展しない場合の政府への経済制裁発動の義務づけ
 
その方は、経済制裁を発動しようとしない小泉総理の尻を叩くこの条項に大賛成しておりますが「おそらくこの法案は潰されるだろう、小泉が認めるわけがない」と断言しておりました。
 
たとえ成立しても「制裁の義務付け」の箇所は骨抜きにされているのでしょうね。

潰れこそしなかったが、空虚な文面に埋め尽くされた酷いモノになってしまった。“「国際的動向等を総合的に勘案」して「必要な措置を講ずる」と規定”などという玉虫色の表現に意味などあるか!「拉致問題の解決は国の責務」や「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」にしても、今更感やノー天気さに溢れる文章に頭が痛くなってくる・・・。
 
近頃話題になっている朝鮮総連関連施設への免税廃止や、この北朝鮮人権法案を制定しておく行動自体は悪い事ではないだろう。しかし今は、小泉政権北朝鮮に対してダメージを与える経済制裁を行いたくないが為に、こうした一件圧力に思える見かけ倒しの嫌がらせでお茶を濁しているのが現状だ。このまま放置すれば、必ず三度目の訪朝をして拉致被害者を見殺しにし“北朝鮮との国交正常化”に走る。こうした誤魔化しに踊らされず「経済制裁の実行」を提言し続ける事こそが支持者の務めであると考える。
 
ところで、以前のエントリーでこう述べた事を覚えておられるだろうか。↓
◆日本政府は日朝平壌宣言の破棄を明確にせよ
(id:kikori2660:20060303#p1)

既に、北朝鮮側から日朝平壌宣言の破棄を宣言されている。それに必死にしがみ付いているのは小泉政権の方だ。逆に、国交正常化による経済支援を心から欲する北朝鮮がここまで言ってのけるられるのは、日本側の足元を見ているからに他ならない。経済制裁を実行しない言い訳の一つである「日朝平壌宣言を履行させる為には、北朝鮮の反発を招く経済制裁はすべきではない」、この理屈は完全に破綻している。

何故、経済支援を望む側の北朝鮮がこう強気に出られるのであろうか。去年の暮れに出版された、ある本が重大なヒントを提示してくれている。

「拉致」処分―家族を翻弄する米中のパワーバランス

「拉致」処分―家族を翻弄する米中のパワーバランス

いきなり、前書きから『このままでは「横田めぐみさん」たちは帰ってこない』と始まるこの本が伝えようとしているのは何か。
 

目次
 
第1章 金正日の運命は中国が決める
第2章 台湾独立はない
第3章 中国経済の心臓部は米国が押さえている
第4章 中国の「北朝鮮植民地化」が進行している
第5章 北朝鮮処分のシナリオ
第6章 拉致問題の幕引きが始まろうとしている

簡単にまとめると、北朝鮮の運命を握っているのはアメリカと中国、その両国間のパワーバランスであり、日本はそれにコミットする意志も能力も持ち合わせていないという事。北朝鮮核武装を認められないアメリカと、台湾独立を認められない中国。その双方の思惑をバーターにした結果、中国は北朝鮮を六ヶ国協議の場に引き摺り出し、経済的圧力を背景に核放棄に向かわせる。アメリカは台湾の独立運動を承認しない、という流れが出来上がっている。その流れの中で日本政府は拉致問題解決の主張すら封じられ、そして自ら放棄している。米中の意図通りに核廃棄が為されようとも、たとえそれが果たせず金正日政権が崩壊しようとも、日本は朝鮮半島にただ経済支援という莫大な援助を施す役目しか残っていないと。平成17年9月に行われた第4回六者会合(六ヶ国協議)の合意内容をまず紹介している。外務省の公式サイトにはこう記されている。
◆第4回六者会合に関する共同声明(仮訳)
(http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/n_korea/6kaigo/ks_050919.html)

2.六者は、その関係において、国連憲章の目的及び原則並びに国際関係について認められた規範を遵守することを約束した。
 
朝鮮民主主義人民共和国及びアメリカ合衆国は、相互の主権を尊重すること、平和的に共存すること、及び二国間関係に関するそれぞれの政策に従って国交を正常化するための措置をとることを約束した。
 
朝鮮民主主義人民共和国及び日本国は、平壌宣言に従って、不幸な過去を清算し懸案事項を解決することを基礎として、国交を正常化するための措置をとることを約束した。

「なんだ、“平壌宣言に従って”という文面があるんだから、拉致問題の解決無しでは国交正常化など不可能ではないか」という意見も出てくるだろう。しかしそれは嘘である。著者の青木氏は、六ヶ国協議開催の為に日本が拉致問題を議題に挙げる事を各国から抑え付けられ、ジャパンマネーという支援という合意だけが出来上がってしまった、と指摘している。
 
北朝鮮は「拉致問題は解決済みである」と述べ、肝心の日朝平壌宣言にはその懸案事項として拉致問題の“ら”の字も記されていない。そして何よりも日本政府は、拉致問題の解決とは何人を取り戻せばそう呼ぶのか、という重要な事を一度も明確にしていない。

北朝鮮が核放棄を実行すれば、日本との間で正常化実現しなくても、前倒しで援助は可能になるし、何よりも日本だけが拉致問題を理由にしてウダウダ言っている、これでは北朝鮮がふたたび核開発を始めることもありうるとの国際的圧力すら想定できる。
 
その一方で何をもって拉致の解決とするか日本国内でもコンセンサスはない。北朝鮮が拉致を認めた10人だけが被害者なのか、あるいは北が認めていないが、拉致の事実が明白な人たちも含むのか、さらに特定失踪者調査会が公開している「北朝鮮に拉致された可能性が高い人たち」全員がそうなのか。いまだに国民的な合意はない。政府はこれ以上の拉致の認定には慎重すぎるほど慎重である。(P.164)

そして国会で西村眞悟が、平成16年当時の逢沢外務副大臣や杉浦内閣官房副長官に質問した国会議事録の紹介をした日記。↓
拉致問題の解決とは何か
(id:kikori2660:20051011#p1)
要は、日本政府が拉致被害者と認定していない人間が帰って来なくとも解決とみなす、という事のようだ。そしてこの書には具体例を挙げて、日本による北朝鮮中国東北部に対する莫大な援助計画だけが着々と進行している事を示唆している。そして更に悪い事には、平成17年11月の第5回六者会合にて、日本政府は「国交正常化交渉」を「拉致問題」「核・ミサイルなど安全保障問題」と切り離して協議する事を約束してしまった。家族会や救う会がこれまで反対してきた「拉致問題の切り捨て」がまさに行われようとしているのだ。これまで記した通り、他の四ヶ国はもちろん、アメリカにとって拉致問題は同情すべき事件ではあるが、自国に核の被害が及ぶ事態にさえならなければどうでも良いのである。
 
北朝鮮が平気で日朝平壌宣言を破るような発言(id:kikori2660:20060303#p1)が出来るのは、こうしたワケだ。既に北朝鮮側は、拉致被害者を返還せずとも日本からの経済支援を受け取れる確信をしている。核廃棄をネタに援助を手に入れる国際的コンセンサスが出来上がった、という自信を持っている。逆に、ミサイルを発射して軍事的緊張を高めれば高めるだけ、日本への経済支援要請の声が高まると考えている。そして、平成18年3月8日の記事。↓
北朝鮮、ミサイルを発射の情報
(http://www.asahi.com/special/nuclear/TKY200603090096.html)
今年の2月に宣言した「ミサイル発射のモラトリアム(凍結)」を破棄する意思をこうした実際の行動ではっきりとさせた。それでも小泉政権は、平壌宣言の破棄を表明しない。それはこれまでの外交政策の失敗を認める事となるからだ。既に第5回の六者会合で、拉致抜きの経済支援へのレールは引かれているのにである。繰り返すが、その会合で記された経済援助の前提になっているのは平壌宣言の遵守であるから、その流れを断ち切るには、日本も平壌宣言を否定すれば良いのである。日本のみが一方的に宣言の遂行を求められる、そんな馬鹿な話があるか。小泉首相の安いプライドの為に大きな国益を失っていると言える。だから、日本側が平壌宣言の破棄を明確にする為にはまず、経済制裁の実行が必要となるのだ。
 
しかし北朝鮮にシンパシーを覚える勢力と、小泉首相を熱狂的に支持する信者、それに阿った経済制裁反対派(自称穏健派)支援者は、家族会の蓮池さん一家の「経済制裁は慎重に、戦略的に」という発言を過大評価し、徒党を組もうとしている。彼らの間違いは、平壌宣言において、日本が優位に立っているという思い込みである。この件において主導権を握っているのは実は北朝鮮の方なのだ。「自分の手で日朝国交正常化を成し遂げたい」という小泉首相の思惑は完全に見抜かれているのである。核・ミサイルを脅しのネタにした交渉で援助を受ける筋道を作り、更に功を焦る小泉首相平壌宣言を一方的に守らせる。そんな北朝鮮の術中に見事に嵌っているのが、現在の日本の政治状況なのである。
 
しかし、自称穏健派は北朝鮮シンパや小泉信者の思惑に乗ってしまい、こうした日本の混乱を「強硬派があまりに経済制裁を主張するから」「政治的思惑を振りかざすから」「小泉首相を批判するから」「今までの運動方法が間違っていたから」、“国民が拉致問題に関心を持たなくなった”と結論付けていた。何とまあ、底の浅い事か。でも、最近では「経済制裁の実行」というスローガンを引っ込めていた某拉致問題掲示板も批判を加えられて少しは反省したのか、再び板のトップに掲げ出した。世話の焼ける・・・。確固とした意志を持たぬから、こう易々と絡め取られるのだ。
 
今日の日記と、
拉致問題へのスタンス2に対する返答
(id:kikori2660:20060216#p2)
拉致問題へのスタンス2に対する返答2
(id:kikori2660:20060217#p2)
これらのエントリーをもって、とりあえず自称穏健派の人達に対する反論とさせて頂きます。