読み終わった本と届いた本

最近、仕事絡みとネット絡みで福沢諭吉について調べる事があった。どうも、この人物の「脱亜論」が“アジア蔑視”“中国大陸への侵略肯定”という受け取られ方をする事に違和感を覚えまして。

福沢諭吉の真実 (文春新書)

福沢諭吉の真実 (文春新書)

そこで、最近読み終えたのがこの本。
 
  
こちらの著者の主張については、5年ほど前の「諸君!」(現在休刊)に載っていた論文や→こちらのサイトを以前から見て知っていたのだが、その主張を簡潔にまとめると以下の様になる。
  

  1. 福沢が脱亜論を書いたのは、朝鮮・中国の人民を蔑視していたからではなく、福沢と繋がりがあった金玉均などの朝鮮独立党員達を閔氏政権が惨殺した事がきっかけであり、一般民衆を苦しめる圧制政府を非難しただけであった。
  2. 福沢をアジア蔑視者として非難するものは、その論拠を「福沢全集」に求めている。しかし、その全集の後半の巻は福沢の弟子である石河幹明の手によって、石河の政治思想が入り交じった論文が福沢の著作として掲載されており、福沢本来の主張が意図的にねじ曲げられてしまっている。
  3. つーか、福沢のこれまで著作を読めば、めっちゃ「市民的自由主義者」だって分かるだろーに。左翼の言う様な「侵略的絶対主義者」だなんて有りえねーわ!

ってなところだろうか。
 
ただ、この著者が「中国への侵略」自体は強い口調で批判している事から、「諸君!」読者層の様な保守的な立場からではなく、福沢に近いリベラルな思想を持っている印象を受けた。それが故に、福沢への言われ無き批判をどうにかしたい、という思いの方が強い様に思える。
 
 
それはそうと昔、「学問のすゝめ (岩波文庫)」を読んだ事があったけど、

文明論之概略 (岩波文庫)

文明論之概略 (岩波文庫)

新訂 福翁自伝 (岩波文庫)

新訂 福翁自伝 (岩波文庫)

この2冊も読んでみたくなって、amazonに発注していたのが届いた。とりあえず「文明論之概略」から読み始めたけど、まあ、なんと言うか、バランスの取れ方が尋常じゃない。これで明治時代の人間なんだぜ? 真の意味でのリベラル。無闇に西洋文化を礼賛していわけでも、極端な国粋主義でも無い。徹底した功利主義と呼ぶべきか。
 
でも、これを本当に当時の日本人が理解出来ただろうか。福沢自身の文体とも相まって、どうしても軽薄な印象を受けてしまう。
 
花神

花神

大村益次郎こと村田蔵六を描いた、この司馬小説では、蔵六の適塾の後輩として若き日の福沢が登場するのだが、まさに「文明論之概略」「福翁自伝」そのままの姿だね。これは蔵六と合わなくてもっともだと思った*1

*1:村田蔵六が司馬の描いた人物像そのままであればの話だが